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名前 鱒見 進一
所属先 九州歯科大学名誉教授
プロフィール 1981年 九州歯科大学 卒業
1985年 九州歯科大学大学院歯学研究科 修了
1985年 九州歯科大学 助手
1988年 国内研修:東京医科歯科大学歯科補綴学第1講座
1992年 文部省在外研究員:UCLA Dental Research Institute
1993年 九州歯科大学 講師
2001年 九州歯科大学 助教授
2003年 九州歯科大学 教授
2008年 九州歯科大学附属病院 病院長
2010年 九州歯科大学 大学院研究科長
2012年 九州歯科大学 副学長
2013年 九州歯科大学 附属図書館長併任
2022年 九州歯科大学 定年退職,名誉教授
研究テーマ ・閉塞型睡眠時無呼吸症の口腔内装置に最適な下顎位の検討
・磁性アタッチメントの臨床的評価
・顎関節症患者のスプリント療法と脳活動との関係
研究分野 補綴理工系歯学

研究概要

Ⅰ.はじめに

 私が九州医工学術者会議に初めて参加したのは1990年に遡る.当時は北九州市が音頭をとり,九工大,産医大,歯科大,共立大,西南大などの大学関係者,タカギ,有園製作所をはじめとする北九州の多くの企業が参画し,熱気あふれる会議が繰り広げられていた.1997年より理事となり2007年から2年間会長を拝命した.この間,2001年には北九州医工学術者協会奨励賞を受賞した.2022年度からは顧問となり,本学術者協会の発展に貢献したいと考えている.

Ⅱ.主な研究テーマ

1.閉塞型睡眠時無呼吸症の口腔内装置に最適な下顎位の検討

本研究は,1992年に文部省在外研究員としてUCLAに留学した際に,当時の主任教授であったProf. Glenn T. Clarkから,閉塞型睡眠時無呼吸症(OSA)に関する研究を指示されたことに始まる.当時米国では, OSAの治療用口腔内装置(Oral appliance: OA)はすでに多くのOSA患者に適用されており,治療機序,治療効果,副作用などに関する研究が行われていた.私に与えられたテーマは,下顎位や体位を変えた場合の吸気量の変化をスパイロメータにより検討することであった.結果は,OSA患者は,下顎が咬頭嵌合位の状態において,アップライトから仰臥位になると吸気量が有意に減少し,その状態で下顎を最前方位にすると,吸気量が有意に増加する.正常者も,下顎が咬頭嵌合位の状態において,アップライトから仰臥位なると呼気量が有意に減少し,下顎を最前方位にすると吸気量が有意に増加し,アップライトの場合と有意差がなくなるというもので,研究成果は1996年にChest1)に掲載された(図1).一方で,OA装着による顎関節症,咬合異常,唾液過多,口腔乾燥などの副作用も重要視されており,帰国後よりOSA患者の適正な下顎位と体位について研究を進めてきた.下顎前方移動量に関しては,75%前方位が臨床的に推奨されていたが,50%前方位でも吸気量に関しては有意差がないこと2)や顎関節構造体の状態から50%前方位の方が75%前方位の方より良好であることも判った.また,睡眠体位については,気道体積に関するMR計測から,仰臥位で頭位を側方に回転したときの中咽頭部が最大であること,吸気量計測からは側臥位が最大であることが判った3).また,開口量についても検討を行い,5mm程度の開口量が適当であり,過度に開口するとかえって気道体積が減少することも判った4).以上の様な一連の研究から,現時点におけるOAの適正な下顎位は50〜75%前方位で開口量5mm程度であり,睡眠体位は仰臥位で頭位を回転,または側臥位が適当であると考えている.

図1:下顎位,体位ののちがいによる呼吸量の変化 N-U: 咬頭嵌合位-アップライト N-S: 咬頭嵌合位-仰臥位 P-S: 下顎前方位-仰臥位

2.磁性アタッチメントの臨床的評価

 1969年に米国でSm-Co磁石が,さらに1983年にはNd-Fe-B磁石が国内で開発され,永久磁石の革命的な進歩が訪れた.小型で高吸引力を発揮するこれらの希土類磁石に魅了された産学歯医の有志が,磁石の歯科利用を目指して集い,1991年に日本磁気歯科学会が設立された.1992年には厚生省認可を取得し,義歯の維持装置である磁性アタッチメントが市販された.我々は多くの臨床例を重ねるとともに研究を進め,2012年に国際標準規格(ISO13017)を取得した. 磁性アタッチメントの基本構造は,磁力を有する磁石構造体(磁石)と,磁力はないが磁気に反応するキーパー(磁性ステンレス)から構成され,義歯に固定された磁石構造体と歯根に固定されたキーパーとが吸引し,義歯が安定する仕組みである(図2).2021年9月より,磁性アタッチメントが保険診療に導入されることとなった.臨床での注意点としては,MR撮像への影響であり,キーパーを設置したままMR撮像を行うと,金属アーチファクトの出現によって診断が困難となるため5),我々は古くから可撤性磁性アタッチメントの開発を行ってきた6)

図2:磁性アタッチメント義歯の基本構造

3.顎関節症患者のスプリント療法と脳活動との関係

 近年,f-MRIを用いた脳機能解析が盛んに行われるようになってきた.f-MRIによる脳機能の解析は非侵襲的で簡便な検査法であるにも関わらず数mm程度の高い空間分解能を得ることができるため,高次脳機能研究の分野ではPETと共に最もスタンダードな手法として確固たる位置を占めている.一方,ブラキシズムや顎関節症の治療に用いられるスプリントは,装着することにより歯根膜の感覚ニューロンを刺激し,中枢神経系からのフィードバックにより下顎位を適正な位置に誘導する作用があると言われており,その治療機序を解明するためには,高次脳機能について検討することが非常に重要であり,これまでにも多くの手法によりアプローチが行われてきた.我々は,スプリント装着による歯根膜感覚の知覚および認知過程における大脳皮質各領域の役割を解明することを目的に,スプリント装着時,非装着時におけるクレンチング時の脳活動状態をf-MRIにより検討したところ,スプリント非装着時におけるクレンチング時の脳活動部位は左側一次運動野,両側運動前野,両側補足運動野,両側帯状回運動野,左側前頭前野および右側視覚前野であり(図3),スプリント装着により,右側一次運動野が賦活するとともに左側一次運動野の活動がやや抑制された(左右が均等化された).また,運動前野,補足運動野および帯状回運動野の活動は増加した.さらに,両側前頭眼窩回と両側前頭前野の賦活,および視覚前野の抑制が認められた(図4).このことは,スプリント装着時により運動そのものの発現に関与する領野である両側一次運動野が均等に賦活し,クレンチングにおける両側咀嚼筋緊張の均等化を意味すると考えられる.一方,運動前野は連続的な運動発現,運動の準備,感覚刺激に基づく運動の誘発に関与し,また補足運動野はリズミカルな運動,協調運動,自発的な運動の誘発に関与していることが知られている.これらの高次運動連合野がスプリント装着により賦活したことは,一次運動野における脳活動を均等化させるように働くため,クレンチング時の不必要な活動が抑制され,筋の効果的な収縮が可能となったと推察できる.以上のことから,スプリントを装着してクレンチングを行うと,両側咀嚼筋緊張の均等化および不必要な活動が抑制され,筋の効果的な収縮が可能となったことが示唆された7)

図3:スプリント非装着におけるクレンチング時の脳活動部位 図4:スプリント装着におけるクレンチング時の脳活動部位

文 献

  1. Masumi, S., Nishigawa, K., Williams, A. J., Yan-Go, F. L. and Clark, G. T.: Effect of jaw position and posture on forced inspiratory airflow in normal subjects and patients with obstructive sleep apnea. Chest 109:1484-1489, 1996.
  2. Tsuda, H., Tsuda, T. and Masumi, S.: Effect of jaw position on forced maximum inspiratory airflow in Japanese normal subjects and in Japanese patients with sleep apnea syndrome. Int J Prosthodont 20:25-30, 2007.
  3. Zhang, W., Masumi, S., Makihara, E., Tanaka, T. and Morimoto, Y.: Effects of jaw, head and body positions on upper airway dimensions and maximum forced inspiratory airflow. J Kyushu Dent Soc 63:8-17, 2009.
  4. 西川 葵,槙原絵理,鱒見進一: 閉塞型睡眠時無呼吸症候群患者に対する口腔内装置の適切な下顎開口量の検討.日補綴会誌 7:46-54, 2015.
  5. Masumi, S., Arita, M., Morikawa, M. and Toyoda, S.: Effect of dental metals on magnetic resonance imaging (MRI). J Oral Rehabili 20:97-106, 1993.
  6. Masumi, S., Nagatomi, K., Miyake, S. and Toyoda, S.: A removable dental magnetic attachment which permits magnetic resonance imaging. J Prosthet Dent 68:698-701, 1992.
  7. 槙原絵理,鱒見進一,田中達朗,森本泰宏,吉野賢一,有田正博,八木まゆみ:スプリント装着の有無がクレンチング時の脳活動に及ぼす影響.日顎誌 20:6-10,2008.