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2025年11月17日、ATOMica北九州で開催された「HAGUKUMI地域DX共創クロスセッション」に約40名が参加(オンライン含む)。採択7団体が活動報告を行い、「共創」の熱気に満ちたピッチセッションとなりました。

本イベントのプログラム等については開催告知ページをご覧ください。

■ 地域DX共創支援プログラム「HAGUKUMI」とは

公益財団法人北九州産業学術推進機構(FAIS)が展開する本プログラムは、単独では解決が難しい地域の課題に対し、複数の企業・団体が連携してDXに取り組む「共創」の場です。 特徴は、1対1ではなく「多対多」のネットワークを構築すること。業界内共通課題の解決や「非競争領域」におけるノウハウ共有をテーマに、2025年度は7つのプロジェクトチームが採択されました。資金的支援に加え、プロジェクトスタッフによる伴走支援を行い、来年3月の最終成果報告に向けてモデルケースの創出を目指しています。

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【活動報告】現場課題に挑む7つの共創プロジェクト

ピッチセッションでは、採択7団体が登壇し、それぞれの視点で「DXの最初の一歩」や「組織変革」へのアプローチが語られました。

1.テクノロジーで介護現場を「ティール組織」へ
ケア共創ネットワーク
(登壇:合同会社共創テクノロジー 山崎 駆 氏)

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ケア共創ネットワーク・山崎 駆氏

ケア共創ネットワークの山崎さんは、介護福祉現場における「自助具(じじょぐ)」のデジタル化普及を目指しています。2022年に合同会社共創テクノロジーを設立し、当初から「テクノロジーによるティール組織の実現」を掲げてきました。

「生物のように進化する『ティール組織(自律的な組織)』が注目されていますが、介護現場の多くはまだトップダウン型や特定個人の力に頼る段階です。テクノロジーを活用し、メンバー全員が意思決定権を持ち、のびのびとアイデアを出せる組織へ進化させたい」

具体的には、障害者や高齢者の生活を支える道具「自助具」の3Dプリント化に取り組んでいます。

プラットフォームを活用した勉強会とノウハウ共有

11月には、北九州市内の福祉用具関連施設「テクノケア北九州」のリニューアルに合わせ、3Dプリンターの展示やデモンストレーションを行う予定です。さらに12月には、「COCRE HUB」という既存のプラットフォームを活用した勉強会も計画しています。

「ファブラボ品川が運営するプラットフォームには150〜200種類の自助具データが公開されています。既存データの活用に加え、設計ソフト『Tinkercad』を用いた勉強会も実施予定です。自分たちで課題を解決する道具を作れるようになることを目指しています」と山崎さん。

現場と技術をつなぐ「共創パートナー」募集

山崎さんは、この活動を共に広げるパートナーを求めています。

「介護・福祉現場で3Dプリンター活用に取り組みたい方を募集しています。介護現場の方はもちろん、学生やエンジニアなど技術面で協力いただける方も歓迎です。技術を介して多世代が関わる場を作りたい」と力を込めました。

2. 「失敗談」こそが最大の教材。製造業のリアルなDX
スマートファクトリー研究会
(登壇:松本工業株式会社 舘下 繁仁 氏)

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スマートファクトリー研究会・舘下 繁仁氏

「スマートファクトリー研究会」が掲げるテーマは、地域の中小製造業がデジタル化を進めるための「論理的探求」。松本工業株式会社の舘下さんは、その狙いをこう語ります。

「単なる技術導入の方法ではなく、先行企業が直面した課題と検討プロセスそのものを共有したい」

「アーリーアダプター」としての失敗を資産に

松本工業は新技術をいち早く導入する「アーリーアダプター」。舘下さんは自社の失敗経験こそが他社の資産になると強調します。

「多くの失敗や回り道をしてきました。『これは行き詰まった』『ここはうまくいった』という生々しい事例を紹介することで、これから取り組む企業が無駄な回り道をせず、不安なく投資できるよう助言したい」

現場の「納得感」と「TQM×DX」

DX推進では現場の納得感が重要です。「作業時間が半分になったら給料も減るのか」「紙の方が早い」といった不安や抵抗は必ず生まれます。 「プライベートでスマホを使いこなす人でも、仕事のやり方を変えることには抵抗がある。対話しながら進めることが大切です」

同社では現在、製造業の基本「TQM(総合的品質管理)」と「DX」「AI」を一体化させた経営を推進。「モノづくりは人づくり」という原点に立ち返り、人を育てるためのデジタル活用を模索しています。

1月には「工場見学」でリアルな現場を公開

来年1月には豊前市の工場見学を計画しています。 「IT企業やスタートアップとも連携し、提供側とユーザー側の認識のズレを埋める活動も行っています。工場見学では事例だけでなく、現在進行形の悩みも公開予定です。

「企業の壁を超えて相互に学び合える関係を築きたい」

3.「ゲーム」で体感するDXの第一歩
ファーストタッチDXラボ
(登壇:株式会社エンビジョンナッジ 清水 常平 氏)

251117_hagukumi_04.jpgファーストタッチDXラボ・清水 常平氏

DXの最初の一歩を踏み出せない企業に寄り添う

「ファーストタッチDXラボ」が掲げるミッションは「DXの最初の一歩を楽しくわかりやすく」。北九州市デジタル相談窓口の専門家として企業支援を行う清水さんはこう話します。

「DXの必要性はわかっていても、最初の一歩を踏み出せない企業は少なくありません。窓口に相談してくれる方はまだ課題意識がありますが、課題すら分からず『相談する』こと自体を意識していない方が相当多いと感じています」

顧客起点で開発した「DX体験カードゲーム」

そうした企業に向け、株式会社アジケ、西日本工業大学デザイン学部 中島教授、株式会社インスプレース、株式会社エンビジョンナッジの4者で「DX体験カードゲーム」を開発しました。「顧客起点で手触り感の良い体験設計をするメンバーが集まっています」

ゲームでは、紙の契約書を運用する企業と電子契約を導入した企業に分かれ、同じ条件で進めた場合の経営リソースの差を遊びながら学びます。

5年後、10年後を見据えた「時間軸」の設計

清水さんはゲーム体験後の「時間軸」を意識したといいます。 「システム導入には高額なイニシャルコストがかかりますが、導入しなければずっと人手が必要な状態が続きます。今日明日ではなく、5年後10年後を見据えて考えてもらいたいです」

8月には北九州でワークショップを開催し、高崎商科大学(群馬県)でも学生向けに体験会を実施しました。「まず体験してもらい、北九州のデジタル相談窓口の相談件数増加につながればと思います」

今後はゲームのアプリ化も視野に入れており、「北九州で生まれたこのゲームを全国に広げたい。皆さんと一緒に広げられる活動ができればと思っております」と力を込めました。

4. 生成AIを「個人の趣味」から「組織の力」へ
北九州生成AI活用研究会
(登壇:株式会社VIVINKO 井上 研一 氏)

251117_hagukumi_05.jpg<キャプション>北九州生成AI活用研究会・井上 研一氏

「個人」と「組織」の温度差をどう埋めるか

「皆さんの会社で、組織としてしっかり生成AIを活用している企業はどれくらいありますか?」

そう問いかけたのは、北九州生成AI活用研究会の代表、株式会社VIVINKOの井上さんです。

「個人の業務効率化でChatGPTなどを使っている人は多いはずです。しかし、組織全体でビジネスプロセスに組み込み、業務のあり方そのものを変えている企業はまだ少数派ではないでしょうか」

生成AIは低コストで導入でき、従来のAI開発(大量のデータ学習が必要)に比べてハードルが低いのが特徴ですが、「社長自身は使っているが、社員への展開方法がわからない」といった相談が後を絶ちません。

「禁止」か「闇利用」か。ルールなき現場の弊害

組織導入が進まない最大の要因として、井上さんは「ガバナンス(統制)とセキュリティ」を挙げます。

「『ガイドラインはありますか?』と聞いても、万全な企業はほぼありません。ルールが決まっていないと、真面目な社員は『怖いから使わない』と萎縮し、逆に感度の高い社員は『便利だから』と個人の判断でこっそり使う『シャドーAI』になってしまう。どちらも組織としては不健全です」

同研究会では「いかに組織内で安全に浸透させ、導入効果を出すか」に特化して研究を進めています。

ガイドライン策定のプロが牽引

井上さんは、ITコーディネータ協会の「中小企業向けAI活用ガイド」の執筆リーダーも務めており、その知見を活かして北九州の企業に実践的な支援を行っています。

「現在は、構成メンバー間での情報共有に加え、実際に介護業界の企業などでPoC(概念実証)を進める計画です。導入の障壁となる課題を洗い出し、その解決プロセスを『事例』として公開することで、地域の企業に還元していきたいです」

来年1月22日(木)には第2回公開セミナーを開催予定です。「ゲストとして、ウェブ解析士協会理事であり、AI活用ガイドの共同執筆者でもある積 高之さんを京都からお招きします。最先端の知見が得られるはずです」『個人利用』から『組織的な活用』へ。生成AI活用のネクストステップを目指す企業の参加を呼びかけました。

5. 「PC全没収」の恐怖に備える。自分たちで作るBCP
北九州市IoT実践研究会
(登壇:株式会社戸畑ターレット工作所 中野 貴敏 氏)

251117_hagukumi_06.jpg北九州市IoT実践研究会・中野 貴敏氏

「ご安全に!」製造業もITエンジニアも集う、異色のコミュニティ

「ご安全に!」という製造業ならではの挨拶で登壇したのは、北九州市IoT実践研究会の中野さんです。

北九州市IoT実践研究会は、製造業のメンバーだけでなく、ITエンジニア、経理、人事、デザイナーなど多様な職種が集まる場です。「技術交流とお金をかけずにDXを楽しむこと」をモットーに、6年間で29回の研修会・報告会を開催し、現在17団体が参加しています。「DXのレベル0(未着手)から参加して、自社で実践できるようになって卒業していく。そんなサイクルが生まれています」

身近に迫るサイバー攻撃の脅威

今年度の活動テーマの一つが「サイバーセキュリティBCP(事業継続計画)」。きっかけは大手自動車メーカーの工場停止や、飲料メーカー、オフィス用品通販会社などへのランサムウェア攻撃でした。

「ウイルス対策ソフトを入れているから大丈夫、と思っていませんか? ランサムウェア被害に遭うと、パソコンが壊れるだけでなく、現場検証のためにパソコンごと持っていかれてしまう可能性があります。ローカルに保存していた顧客データやメールも一切見られなくなります」

中野さんは「お気に入りの炭酸飲料が買えなくて困っている」という身近なエピソードを交え、サイバー攻撃が他人事ではないことを強調します。

正解のない「BCP」を、自分たちで考える

昨年度は『社内でBCPをどのように構築するか』というテーマに取り組みましたが、うまくいきませんでした。

「在庫ギリギリで即対応が必要な会社もあれば、1ヶ月分の在庫がある会社もあり、業種や緊急度によって対策はバラバラでした。ひとくくりにはできないことがわかったんです」

その失敗を糧に、今年度は「各企業が何を議論すべきか」を整理するフェーズに入っています。

「コンサルタントに数百万円払って正解をもらうのではなく、自分たちで『何が起こりうるか』を考え、勉強することが大切です。パソコンを使っている企業であれば、すべてに関係する話です」

2027年には北九州の企業に向けたサイバーセキュリティBCP事例を発表できるよう、長期的な活動を計画。地元企業とも連携しながら実践的な知見の共有を続けていきます。

6. 「IoTは難しい」という思い込みを払拭する
製造業IoT活用研究会
(登壇:イジゲングループ株式会社 平畑 輝樹 氏)

251117_hagukumi_07.jpg製造業IoT活用研究会・平畑 輝樹氏

日本企業が連携し、海外に勝てるチームを作る

長年ものづくり企業に身を置いてきた平畑さんは、業界の現状についてこう語ります。

「日本企業は『隣の会社はどうだ』『あそこがやっているなら』と、国内同士の競争に意識が向きがちです。しかし今はそんな場合ではありません。日本企業が結束し、海外企業に勝てるチームになれたら面白い。『地方の中小ものづくり企業をチームにする』と掲げて活動しています」

最大のハードルは「IoTは難しそう」という思い込み

同研究会では昨年度、工場見学やアンケートを実施。延べ40〜50名の参加者から圧倒的に多かったのが「IoTは難しそう」という声でした。

「『センサー選びがわからない』『どんなデータを取ればいいのか不明』『セキュリティが不安』といった理由で、導入の入り口で足踏みしている企業が多いことがわかりました。一方で実証実験を行った企業では、導入効果が高いことも確認できています」

「無償レンタル」で心理的ハードルを壊す

今年度は「IoTは本当に難しいのか?」を検証するため、IoT機器の無償レンタルを企画しています。

「未導入の企業に実際に使ってもらい、導入前の『難しそう』というイメージと導入後のギャップを調査します。『やってみたら案外簡単だった』『効果が出た』という実例を増やし、その変化をレポートとして発信していく予定です」

すでに勉強会やトライアルは始まっており、「重量計測を自動化したい」というニーズへの解決策提示や、お試し利用から本格導入へ進んだ企業も出ています。

平畑さんは「IoTを触ってみたい、使ってみたいという企業をまだまだ募集しています。アドバイスだけでも可能ですので、興味がある方はぜひお声がけください」と呼びかけました。

7.健康データを経営判断に。従業員の健康が企業価値を高める
健康経営DX推進コンソーシアム
(登壇:株式会社リライブ 三賀山 史朗 氏)

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健康経営DX推進コンソーシアム・三賀山 史朗氏

肘と肘、くっつきますか? 体感から始まる健康経営

「皆さん、両手を肩に当てて、肘と肘を顔の前でくっつけられますか?」

会場全体を巻き込んだアイスブレイクで登壇したのは、健康経営DX推進コンソーシアムの三賀山さんです。グループホームや放課後等デイサービスを運営する株式会社リライブの一員として、企業向けの産業衛生活動にも取り組んでいます。

「やりたいけどできない」8割の壁

三賀山さんは「健康経営とは、従業員の健康管理を経営視点で捉える『戦略』であり『投資』です」と語ります。経済産業省の推進により「健康経営優良法人」の認定企業は増えていますが、北九州市の従業員数50人以下の事業所では約7〜8割が取り組みを実施していません。しかし、そのうち8割以上が『取り組む必要性は感じている』と回答しています。

「健康経営の必要性はわかっているのに、人手不足や方法がわからないために着手できない。このギャップこそ、DXと相性が良い領域なのです」

センサーで「腰痛リスク」を数値化

「健康課題は見えにくい。だからこそ、テクノロジーで可視化します」

同コンソーシアムでは、北九州市若松区の福祉用品リース企業・株式会社アンパサンドと連携し、センサーを活用した実証を行っています。例えば介護現場でスタッフが腰にセンサーを装着し、「前屈み」や「ひねり」の回数を計測。データを可視化することで、業務改善や労災予防に繋げます。また、出勤時にその日の気分を顔マークで選ぶ「メンタル天気予報」など、小さな変化をキャッチする仕組みも開発しています。

三賀山さんの原動力は、かつて病院で12年間勤務した経験です。「リハビリの現場などで、患者さんが腰痛や疲労、メンタル不調により離職する例を数多く見てきました。『もっと早く、現場の段階で気づいていれば守れたのではないか』。その悔しさが今の活動に繋がっています」

北九州の健康経営優良法人とも連携し、収集したデータを分析して「経営判断」に使えるダッシュボードの構築を目指します。「従業員の健康をデータ化し、生産性向上と労災防止を実現したい」と三賀山さんは話し、ともに実証に取り組むパートナー企業を広く募りました。

広がる北九州のDXエコシステム

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イベント後半のアディショナルピッチでは、HAGUKUMI採択団体以外にも多様なプレイヤーが登壇。西日本新聞社による九州DX推進カンファレンスの開催案内、北九州市立大学によるDXリスキリング教育プログラム、本音で課題を語り合う異業種交流会、民間主導で開催されるIT技術者向けイベントなど、北九州市内でDXを支えるコミュニティの層の厚さがうかがえました。

「東京にはない熱量」――会場で生まれた対話と気づき

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全ての発表終了後は、参加者が関心のあるテーマごとにテーブルを囲む「ワールドカフェ」を実施。熱気あふれる意見交換が行われました。

ファーストタッチDXラボの清水さんは会場の熱量に驚いたといいます。「東京のイベントは人の入れ替わりが激しく営業中心になりがちですが、ここは『共創』の理念を共有した上で本質的な議論ができる。この取り組みは全国のロールモデルになるのでは」。

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製造業IoT活用研究会の平畑さんも「北九州にこれほど多様な団体が活動していることが分かり刺激になった。この動きが『共創』の実例をさらに増やしていく」と期待を寄せました。

FAISのイベントに何度も参加しているという方は、北九州独自の空気感をこう表現します。「皆さんが本当に積極的で、『みんなで良くしよう』という熱意が伝わる。毎回新しい発見があります」

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他の参加者からは「ゲームで体感するアイデアが面白かった」(IT企業)「IoTで賃貸物件の課題解決のヒントが得られた」(不動産業)など、具体的なアクションに繋がる声が聞かれました。

DXは「一人」で悩まない

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今回のクロスセッションで示されたのは、DXは高価なシステム導入が目的ではなく、経営課題を解決するための「手段」であり、その過程には必ず「仲間」がいるという事実です。

各団体の活動は2026年3月まで継続され、年度末には最終成果報告会を開催予定です。中間報告の時点で既にこれだけの熱量と具体的な成果が生まれている各プロジェクトが、残りの期間でどのような成果を生み出すのか。3月26日に予定されている最終報告会では、さらに進化した取り組み内容や、実証実験の結果、そして「共創」によって得られた新たな気づきが共有される見込みです。どうぞお楽しみに。

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当センターでは、今後もHAGUKUMIプログラム等を通じて、地域企業の皆様の挑戦を支援してまいります。「何から始めればいいか分からない」とお悩みの方は、ぜひこうしたイベントやコミュニティに足を運び、最初の一歩を踏み出してみてください。